2012/07/09 19:40:16

葬儀はだれのためにするのか?

人の世の催し物は数々あれど、個人にとっての最大級のイベントは結婚式とお葬式でしょうか。


それぞれ、ご家庭の事情や、ご本人当事者の属性なんかも大いに関係するのですが、基本的には結婚式もお葬式もご本人のために行うイベントであることは概ね異論のないところでしょう。


しかし、どこの式場へ出向いても、すべてそうなっているかと言えば、そうでもなさそうですね。
義理とお付き合いの関係を重視する日本民族は、ともすれば全く面識のない方の式に参列することもしばしば。


まあ、けっして悪いことではないので、それはそれで、意味のあることです。


一昨日、かねてから闘病中であった最愛の姉ちゃんが午前7時に永眠いたしました。


この前、なちゃんの姉は困ったときだけ連絡してくる、調子のいい姉ちゃんで、好き放題の極みを生きた幸せなやつ、と紹介したのですが、その通夜と葬儀に立ち会ってとても驚くことがありました。


そんないいかげんな姉ちゃんやから、仰々しい葬式は当然行わず、親族(これも僅か)と姉の友人だけの簡素なお別れ会をするつもりでおりましたが、まあ、病院には朝早くから友達と称する仕事仲間が大勢駆けつけてくれ、それから式場の手伝い、自宅の掃除(姉が入院している間、男やもめ状態であったから)、買い出し、そして一晩中お線香とろうそくのお守と、何から何まで姉を「由紀ネエ」と慕う人たちのお世話になってしまいました。


そして、通夜、葬儀には姉の友人(私や親戚の関係者には一切お知らせせずでした)が来るわ来るわ。総勢100人ほどの友人が、遠くは埼玉県からも来て頂き、私は姉の知らない一面にただ驚くばかりでした。


姉は生前、男勝りの仕事に着いており、当時は女性が珍しかったらしく、その後に続く後進の女性の師匠的な存在だったそうです。だから、姉ちゃんに育ててもらったという「お弟子さん」達が大勢弔問に訪れ、身内以上に号泣される姿を見て、私もずっと涙が止まることがありませんでした。


ああ、、この葬儀は本当に姉のための葬儀なんやなあ。。


結婚式は親兄弟や親戚のために、葬式は生きてる親族のためにやるもんや。と、そんな言葉をごく当たり前に理解していたのですが、規模の大小ではなく、当事者のためのイベントというのは、こういうものなんやなあと。
もし、自分が死んだら、あんなふうに、棺桶にすり寄って泣いてくれる友達って、どんだけ居るんやろう。。


姉ちゃん、ちょっと見直したで!俺には極道ねえちゃんにしか見えなかった、そんなとこしか見せなかったけど、お前(年子なんで、いつも偉そうにごめんね)は結構ええ人生送っていたんやね。弟として、嬉しかったわ。


仕事大好き人間で、姉ご肌で、底抜け明るく、酒、煙草、コーヒーの毎日、そりゃあ身体も壊すで。そやけど、それもお前の人生やし、大勢の友達に囲まれて見送ってもらえたんやから、納得せなアカンで。ちゃんと成仏しいや!


平成24年7月7日七夕さんや。
午前7時12分・臨終確認。 享年53歳。
皆様のご厚情に、本当に感謝致します。ありがとうございました。




コメント一覧

No.8185 めるちゃんさんのコメント 2012/07/10 13:18:11
コメント本文 お葬式は亡き人と、この世の人がさよならの挨拶を正式にするためのものだと思っています。だから、送られる人と送る人の全員が舞台に必要。そして主役はやはり送られる人なんですね。男勝りの仕事に一生懸命取組み、活躍してきたお姉様。こうしたかけがえのない先駆者がいらして、世の中が少しずつ変わり、未来の裾野が開けてきたのですね。お若い寿命の中、見事に命の限り生き切ったお姉様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

2012/07/03 23:08:28

末期ガンの姉を想う

余命、3ヶ月と告知を受けてから、3ヶ月が経とうとしている。


今も病院のベッドで闘病する姉を頻繁に見舞うようになった。


痛みから解放させるために大量のモルヒネを使用しているので、意識も正常ではなくなってきた。血圧もここにきて急激に低下している。


私と姉は年子。小さいころから結構仲良しで、泣き虫の私をよくかばってくれたり、また、ビシバシ鍛えてくれたりもした。


年頃になってくると、優劣入れ替わり、喧嘩もよくした。姉が17歳のとき、家出。高校はなんとか卒業したが、それっきり家には戻ることはなかった。


好き放題、という言葉と生き方が良く似合う人生で、酒もタバコも好きなだけ嗜んだと思うし、困ったときだけ連絡してくる姉であったが、嫌いではなかったし、可愛いとさえ思えるようになっていた。


結構複雑な家庭環境に育った私たちであったことと、すでに他界している母や父の親戚嫌いが、私たちに残したものは唯一の肉親としての絆だったのかも知れない。


5年前に子宮頚ガン、3年前に舌ガンの摘出を行ったが、転移は早く、喉頭と肺、リンパにも。
3か月前、姉の亭主から本人告知についての相談があった。姉は元気なころ、よく私に、「ガンになったら絶対告知してよ!やり残して死ぬのは嫌やから」と言っていた。私も同意である。
亭主(義兄)は、告知出来ないという。早く治して仕事に復帰することばかり口にする姉に、余命など告げられるわけが無いと泣く。


母も父もガンんで送った私には、遅かれ早かれ同じ境遇に至ることは確実であるが、今だから、元気だから、告知について簡単に考えてしまうのだろうか。意識がもうろうとしている今の姉に、その選択は必要ない。時はすでに逸しているから。


しかし、本当のところ、本人はどうだったのだろう?思い残すことや、やり残したこと、会いたかった友人や食べたかったモノなど、無かったのだろうか。


医師の言葉を受け入れ、無意味な?抗ガン治療は行わなかったが、つい、2週間ほど前までは、「絶対に治すから」と強がっていた。本当にそう信じていたかどうかは疑わしいが、一縷の望みは持っていたことは事実だと思う。


それが証拠に、先日、私に「もう頑張るの、止める。。」とつぶやいた。


最後を悟ると、人の、動物の身体は機能を停止するための準備に入る。私は比較的多くの「死」に立ち会ってきたので、そう実感している。姉の肉体もやがて機能を停止し、呼吸を止めるだろう。その日が近いことは分かっている。眠るように逝くことを祈るのだけれど、残された者たちはきっと、「これで良かった」と自分を慰めることも分かっている。


「告知」は、してやれなかったけれど、最後まで姉の心残りを聞いてやろうと思う。


1959年1月17日生まれ。53歳の 姉ちゃんへ






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