小学校時代の「友達」から電話がかかってきた。
今日、小学校時代からの「友達」から電話がありました。「いーちゃんって覚えてる?伊藤君。ガンで亡くなったらしい。君が副キャプテンだったから連絡しておこうと思って。」 ですが、全く記憶にありません。同じチームにいた、というのですが、そんな人物はいないという記憶しかありません。「ごめん、全く覚えてないし、それほど離れている人が亡くなったからと言って何かしなくちゃとは思えない。」と言いました。
すると友達が「ところで会えないか」と言います。「いや、会う気はない」即答してしまいました。深く考えたわけではありません。
小学生時代から続く唯一の友達です。彼は昔の話がしたいのでしょう。
忘れもしません。小学6年生の3学期、卒業文集を作ることになり、文集の巻末ページに「何でもナンバーワン」を載せることになりました。腕相撲ナンバーワンとか字がきれいナンバーワンなどです。そしてサッカーが上手ナンバーワンを決めることになりました。絶対に自分だと思っていました。ですが僅差でその「友達」がナンバーワンになりました。みんなの前で泣きました。
何が悔しかったかは誰にも言いませんでしたが、ここで公開します。
僅差であれ数が「友達」より少なかったことは事実なので受け止めざるをえなかったのですが、それ自体は実は大した問題ではありませんでした。
問題は票の内訳でした。有力な男子票が「友達」に行ったのです。それが一つ目の悔しいポイント。
その分、確かに女子票は僕が取っていました。ですが、密かに想いを寄せていた女の子は「友達」に一票を投じていました(挙手なのでまるわかりなのです)。これが二つ目の悔しいポイントです。
僕は、あんまり悔しかったので文集制作係という特権をほぼ濫用して「クイズ王ナンバーワン」になりました。なんやねん「クイズ王ナンバーワン」って、って感じですが、周りのみんなだけが大人でした。
このように「友達」と僕では思い出の性質が違うのです。おそらく「友達」は、そんな話をしようなどとは思っていません。ですが僕が嫌なのです。で、です。行きたくないから行かないって言いました。「なんか、久しぶりに電話かけてきて、悩みあんのかな、じゃ、時間作ってあげようか」は、違うと思ってます。
これが空手の先生からだったら行きたくなくても「行かせてください」って言います。この自分の性格はおそらくこの先も変わらないと思います。それって友達じゃないんじゃない?と言われそうですが、「友達」だって思ってます。
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