2012/06/30 17:19:04

私について#58 (モロッコへの旅)

アフリカのイスラム教国で、旧宗主国であるフランスの文化を残すモロッコは、マラケシュやフェズのような、古い歴史のある旧市街を持つ街と、3000m〜4000m級の山々を擁するアトラス山脈、サハラ砂漠、タジンと呼ばれる、三角錐の鍋で調理した蒸し料理で有名な国だ。短期間で色々な景色を楽しめるので、2007年12月、日系旅行会社が主催するモロッコ一周の旅に出かけた。


北アフリカのモロッコの首都ラバトへは、ロンドンから3時間程のフライトで到着した。ラバトからバスで2時間程南へ下り、最初の訪問地マラケシュに到着した。ここはジャマ・エル・フナという広場と、メディナと呼ばれる旧市街が有名な街で、多くの観光客とそれらと商売しようと、これまた多くの地元民が入り乱れた、とても活気のある街だった。音楽・踊り・蛇つかい等、様々なパフォーマンスを楽しむことができ、全く飽きることは無かった。特に、夜は屋台が広場に多く並ぶが、中にはゲテ物風の物もあったが、食べ物は美味しく、どの店も人でごった返していた。


マラケシュから南東に向かうと、アトラス山脈の山越え道である、オート・アトラスに入り、左右に雪を頂いた山々の景色が車窓から見えてきた。結構険しい山岳地帯で雪も多くあったので、「ここはアフリカか」という思いにかられた。さながら、日本の立山・アルペンルートをドライブしている感じであった。山脈を越えると、ワルザザートという街に到着。ここは、モロッコの東の砂漠地帯への入り口の街であり、カスバ街道の始まりの街でもあり、景色は一気に、土塀・煉瓦・砂漠の赤茶色へと変わった。この街は、「アラビアのロレンス」等、数々の映画のロケ地となっており、車窓から見ると、過去に映画で見たような景色がいくつか観察できる。


カスバ街道を東へ東へと行くとエルフードの街に着く。ここは、隣国アルジェリアに近く、サハラ砂漠の西の入り口の街。ここでは、日の出ツアーに乗らなければいけない。早朝5時集合で、ジープとラクダを乗り継ぎ砂漠地帯の小高い丘を目指すのだが、砂漠の冬の朝の寒さと、日の出を見るために、最後に砂漠の小高い丘の頂上まで徒歩で登る必要があるのだが、それらで結構体力を使った。とにかく細かい砂なので、男の自分でも結構大変だった。それでも、太陽が砂漠の地平線から昇ってくるの見たさで、皆で苦労しながら頂上へ到着。ところが、太陽が昇る方向にも丘があったため、太陽は、その丘から出てきたのだ。うー、これは予想外。赤い太陽が地平線を昇る姿を見たかったのだが、実際は、かなり明るくなったものが見えた時には、一層疲れを感じた。





2012/06/26 17:51:57

サブプライム問題 #3

サブプライム問題で一番印象に残っている出来事は、米国大手投資銀行であったリーマンブラザースの破綻だ。ロンドンで債券部門に身を置いていた者にとっては、他にも欧米の大手銀行が公的資金を投下されたり、他の健全銀行に統合されたりしたことも、強く印象に残っているが、やはり、リーマンブラザースの破綻はいろいろな意味で忘れられない。


シティグループ、ゴールドマン・ザックス、モルガンスタンレー、メリルリンチもサブプライムにどっぷりとつかり、各社とも死線を彷徨っていたが、銀行として公的資金を投下されたり、サブプライムの影響をあまり受けていない大手銀行に統合させたりして、米国政府は彼らについては存続を図った。しかし、リーマンブラザースについては、銀行としてのベースを持っていなかったこと、他の健全な大手銀行に統合することを難く拒否されたことから破綻させた。米国政府は、お膝元が発症の地となったサブプライム問題と言うウイルスを放置し、それを世界中にまき散らかしたままにした。そして、その後、政府が投資銀行業務に大きな制限を加える法律を作り、投資銀行ビジネスの地位を大きく下げることに尽力した。結果、世界の市場から「リスクを取ってリターンを得る」リスクマネーが激減した。


現在、世界のメディアは欧州ソブリンリスクの報道合戦で沸きたっている。しかし、サブプライム問題に比べれば、この問題は、メディアが騒いでる程のものではないと言える。サブプライム問題の怖かったところは、これに絡む市場参加者の特定とそこから発生した損失を推定することができなかったことだ。米国政府は、最終的にリーマンブラザースが、どれくらい損失を抱えているか認識できなかったので見捨てることにした。一方、ソブリンリスクは、市場参加者や損失が推定できるので、対応の仕方を見出すことができる。ただ一つ言えるのは、サブプライム問題発生以降、投資銀行が力を失ったために、積極的な市場参加ができなくなり、市場の動きが一方的になってしまい、それほどでもないリスクが、とても大きなリスクに見えてしまうことになっているのが現状だ。最近のJPモルガンの損失は一つの良い例だ。投資銀行に勢いがあったころであれば、市場参加者が多くあり、市場の動きも上下あったと思うが、現在は比較的元気なJPモルガンが一人頑張ってしまい、結果、大きな損失を抱え、政府に叱られるという事態になったことが想像できる。


サブプライム問題の発端となった商品は、本来は「証券化ビジネス」の普通の一商品であった訳だが、バブル期に組成され、それが破裂したと言う意味で、また、投資銀行の地位を大きく低下させてしまった、そして、今もその亡霊が世界の市場につきまとっているという意味で、とても不幸な商品となってしまった。






2012/06/24 12:43:37

サブプライム問題 #2

金融商品の運用によって損失が発生する、という事態は、運用に関わる仕事をしている者にとっては通常の出来事であるが、サブプライムに絡んだ金融商品に関わる損失の発生は、その証券化された金額およびその証券化商品を購入した投資家が世界的規模に渡っていたため、発生した損失額および購入した投資家を限定することが難しかったため、世界の金融市場は、投資家がその目に見えないが実際に起こっている現象に対して恐れおののいたため、投資資金が急減し、あらゆる金融商品の価格が大幅に値下がりした。


2007年夏ごろには、この金融商品を購入していた投資家が欧州の金融機関が中心だったことが判明してきたのだが、ロンドンで債券という金融商品を取引していた自分にも、その影響が重くのしかかってきた。自分のいた会社は、直接、サブプライムに絡んだ商品を組成・販売・保有していなかったが、その商品を購入していた金融機関の債券を保有していた。債券を保有するということは、その金融機関の信用リスクを保有することであるが、それら金融機関がサブプライム商品で大きな損失を抱えたため、それら金融機関の債券の価格が急落し、結果として自分らも損失を抱えることとなった。


損失が発生することは通常の出来事と申し上げたが、サブプライム商品の場合、厄介だったのは、保有している投資家が実際どれ位損失を抱えているか、なかなか、わからなかったことで、債券の価格が下げ止まらなかったことだ。通常なら、いくら損失が発生するか推測し、そこで負けは負けとして諦め、次の手段を講じるのだが、サブプライム問題は、そういう手段を取ることができなかった。そして、リスクマネーが世界中の市場から逃げて行った。


2007年7月ごろから始まった市場の混乱は6か月以上に渡り続いた。自分ら市場関係者も、日々流れてくる市場についてのネガティブなストーリーと、どこまで増えるかわからない損失に頭と心を痛めながら過ごした。一部の欧米の金融機関は、兆円単位で損失を出していたし、その状況もいつ終息するかわからないという、今まで経験したことがない状況に陥っていた。






会社概要

会社名
Grande Plaine
カナ
グランド プラン
免許番号
東京都知事免許(2)93934
代表者
大原 仁
所在地
1510064
東京都渋谷区上原2丁目17−2アハトインセルン 101
TEL
代表:03-5738-7028
FAX
代表:03-5738-7029
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10:00〜17:00
定休日
不定休
最寄駅
小田急線代々木上原
徒歩10分
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