2018/07/23 14:19:33

私について #296 (フェーン現象)

フェーン現象については、小学生の時に習った記憶がある。基本的には夏、太平洋高気圧が暖かい空気を日本列島に運び込み、その風が日本列島の中心に連なる山地を超え、日本海側に乾いた暖かい空気をもたらし、その影響で日本海側で気温が上昇する。自分は数年前までは、その自分の記憶が正しいと信じ切っていたのだが、ここ数年、天気予報で自分の知識を覆す、情報が流れることが多くなった。それによれば、「明日はフェーン現象により、関東各地の気温がかなり上昇する可能性がある」との一文だったのだが、関東地方に発生するフェーン現象であれば、その風は北側の日本海側から吹いてくる風により、フェーン現象が起こることを意味した。気象予報士は、明日は北風が吹くことにより関東地方の気温がかなり上昇するのだと言っていた。自分的には、夏とは言え北から吹く風は南から吹く風より涼しいと信じていたが、実際は必ずしもそうではないらしい。高気圧は時計回りに風が吹いているとのことなので、仮に、暖気を抱えた太平洋高気圧が西日本中心に勢力が強くなると、時計回りの風が関東地方では北風として流れてくることになるため、その影響で関東地方にフェーン現象が発生するとのこと。ま、言われてみれば納得できるものだが、小学生の時にはあまりそういう気圧配置は無かったのかもしれない。恥ずかしながら、高齢者と呼ばれる一歩手前で、フェーン現象の他の一面を知ることとなった。


それにしても暑い。連日天気予報では、人命に関わるような異常な高温状態が続くと言っているが、それもあながち大げさではないと言わざるを得ない。高齢者や小さい子供にとっては、ほんとに命に関わるような気象状況と言える。今日は青梅など、東京の一部でも40度越えの気温を記録したとのことで、自分もランチで外に出てみたら、天から降り注ぐ太陽光の強さとアスファルトからの放熱で、目がくらみそうになった。昨年5月、インド旅行に行く機会を得て、デリー・ジャイプール・アグラに行って来たが、そこは、インド人でさえ暑い地域だというくらいで、日中は連日45度、夜でも36度とかが普通の世界を体験してきた。確かに暑かったが、もとより砂漠地帯なので湿度が低いので、東京の38度よりは多少ましな感じがする。夏になると、連日光化学スモッグが発生していた、自分たちの子供の頃より、空気がきれいになったせいなのか、最近の太陽光はかなり強いな、という印象がある。


日本は数少ない四季がある国であるおかげで、一年を通じて季節感を肌で感じ取ることができる国だと思うが、ここ数年の夏の暑さは全く心地良さを感じない。自然豊かになる、春と秋の期間が短くなった気がするのは自分だけか?大雑把に温暖化が原因と言われているが、排出ガスを減らすことだけで、現状を変えることができるのか。自分は見ることはないと思うが、30年後の地球はいったいどうなっているのだろうか?






2018/07/17 10:34:05

私について #295 (クロアチア共和国)

クロアチアは1991年6月25日に独立宣言をするまでは、多民族国家、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の中の一つの共和国だった。1980年、ユーゴスラビア連邦共和国における、絶対的な統治力を有したチトー大統領が死去したことを皮切りに、多民族国家であったユーゴスラビア内において、各共和国・自治州において独立機運が高まり、一つの共和国であったクロアチアにおいても、ユーゴスラビアからの独立を掲げる政権が誕生した。しかし、クロアチア領内に多く住む、独立反対派のセルビア人との関係が悪化した上、そのセルビア人保護を目的に、ユーゴスラビア連邦軍がクロアチアに軍事介入したため、1991年9月半ばにはユーゴスラビア連邦軍との全面衝突、クロアチア紛争へと発展してしまった。それは1995年の戦闘終結までに一般人を含めた、大量の戦闘犠牲者と20万人と言われたセルビア人難民を生み出す悲劇と化してしまった。当時クロアチアは領内の他民族を排除する、民族浄化路線を繰り広げるなど、世界的な世論の中では、どちらかというと過激な発想を有する国家とみられていた。1991年3月にロンドンに赴任したころは、このクロアチア紛争の始まりの衝突が繰り返されていた頃だった。中東ではイラクのフセイン大統領がクウエートに侵攻し湾岸戦争が繰り広げられていた等、今思い起こすとバルカン半島、中東周辺は戦火にまみれていた時だった。英国国営放送では連日そのニュースが流れ、ロンドンではテロ活動に対する警戒が呼びかけられていた。


2018 FIFA ワールドカップ ロシア大会はフランスの20年ぶり2度目の優勝で終了した。決勝では初優勝をかけたクロアチアとの対戦となり4−2でフランスがものにした。サラリーマン時代、1999年からクロアチア政府とビジネスで関係が始まり、そのカウンターパーティーであった財務省のスタッフとも交流が深まったこともあり、クロアチア贔屓として自分は優勝を強く願っていたが、準決勝・決勝と主審の判定や決勝においては、クロアチアの攻撃をロシアのパンク・ロック グループに遮られるなど、何かクロアチアに幸運の女神がなびかなかった感じがしてならないまま終了してしまった。クロアチアの主将ルカ・モドリッチは幼少時代、クロアチア紛争で難民の一人として生き抜いた経験があるなど、他の選手も同様な経験をしてきた選手集団が、今大会においてあと一歩で頂点まで上り詰めた。クロアチア紛争終了後間もない、1998年のフランス大会でも3位の実績を持つ、人口450万人の小国クロアチアのサッカーのレベルの高さは、あらためて世界を驚かせたに違いない。






2018/07/03 15:32:36

私について #294 (ワールドカップ ロシア大会)

大会前の下馬評をあざ笑うかのように、日本代表、サムライ ブルーは目を見張る戦いぶりを見せた。大会前、親善試合でのふがいない戦いぶりと、それが原因と思われる、前監督の更迭で揺れに揺れた中、本選を迎えた日本代表にとって様々な面で厳しい視線が注がれていた。日本人の誰しもが応援していたものの、内心グループリーグ突破は不可能と思われていた、確かに自分もそう思っていたが、初戦のコロンビア戦で、開始早々、コロンビアの選手が一発レッドカードで退場処分を受けたことで、日本代表のスイッチが突然入った感じがした。実際そのコロンビアから1勝をもぎ取り、セネガルとは引き分け、ポーランドには1敗を喫したが、1勝1敗1引き分けで、めでたく決勝トーナメントへと駒を進めた。決勝トーナメント進出においても、セネガルとのきわどい勝率争いでは「フェアープレーポイント」の差で日本が優位なポジションを得て進出を決めた。


決勝トーナメント初戦、FIFAランク3位、メンバーのほとんどが世界トップクラスで、そんなにプロのサッカーを目にしない自分でもよく耳にしていた、有名で才能のあるスター軍団を擁するベルギーとの対戦だった。個人的にはベルギーが今回の大会を征するチームだと思っていたので、そういった意味で複雑な心境であったが、試合前はベルギーの勝利を想定していた。しかし、その試合の日本代表は凄かった。前半スタートから一方的に押されていた日本代表が2つの神業的なシュートで2点を先取し、その後は、ベルギー相手にほとんど互角の展開を続けた。とりわけ凄いと思ったのは、ベルギーが足で放ったシュートを、日本代表が体を張って防御し、ボールをゴールに運ばせない状況が続いたことだ。あの時スター軍団たちもかなり焦っていたことが表情で読み取れた。アザール、デブライネ、そして、ルカクも。彼らは間違いなく敗戦を頭に浮かべたと思った。最終的には、ヘディングと速攻で3点取られ敗戦となったが、自分的には、長年日本代表の戦いを見てきた中で、このベルギー戦は世界レベルのチームのゲームだと思った。2014年のブラジル大会からメンバーが大きく入れ替わっていないが、この試合を見る限り、ほんとに選手全体のレベルアップが感じられた。ロシア大会出場のための予選会や親善試合であぶなかっしい戦いぶりを見せてきたチームとは思えないほど頼もしかった。


前監督と選手との確執とか、いろいろ大会前にあまり聞き心地の良くない話があったが、このベルギー戦を見る限り、日本代表は前監督の目指す戦いを実現したように感じた。メディアからは現監督の評価しか出てこないが、技術的には前監督の流れ、精神的には現監督の上手さが結実したというところではないか?前監督も日本代表の戦いぶりに敬意を表していることだろう。とにかく、今までとは全く違う日本代表の戦いぶりを見ることができて嬉しかった。






会社概要

会社名
Grande Plaine
カナ
グランド プラン
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東京都知事免許(2)93934
代表者
大原 仁
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1510064
東京都渋谷区上原2丁目17−2アハトインセルン 101
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代表:03-5738-7028
FAX
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不定休
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