2019/04/16 13:05:50

私について #315 (崩れ落ちたパリ ノートルダム大聖堂)

ノートルダムとはフランス語で「私たちの貴婦人」という意味で、聖母マリアに捧げられ、名付けられた教会堂のことだそうだ。そして、ノートルダムを冠した教会堂は、世界各地のフランス語圏の都市に建設されてきた歴史がある。パリ ノートルダム大聖堂はパリ中心部、シテ島に建設されたゴシック様式のキリスト教の聖堂。200年の年月をかけ13世紀中ごろに完成し、以後、パリの司教座が置かれるなど、フランスにおけるキリスト教会の中心的な地位にある建物。18世紀末のフランス革命における反キリスト教運動によって破壊行為を受けたが、19世紀半ばに修復され、現在の勇姿を持つに至った。もちろん、現在は文化遺産として世界遺産に登録されている。


2019年4月15日夕刻、その大聖堂が炎に包まれ尖塔までもが崩れ落ちる事態に陥った。パリ市民、言うなればフランス人にとってはもちろん、世界中のカトリック教徒にとっての心のよりどころであった大聖堂に起こった悲劇は、彼らのみならず、ノートルダム大聖堂を愛していた人々にとっても悲しいできごととなってしまった。自分は仕事でパリに行った時でも、その勇姿を見たくてタクシーを走らせたことは毎度のことだったし、中に入ればバラ窓など、歴史的な物品が数多くあったことを思い出す。世界中のノートルダム大聖堂ファンが心を痛めていることは間違いない。


火災の原因究明は重要だと思うが、それよりも貴重な物品の捜索やその後の建物の復旧が速やかに行われることを期待したい。現地で涙を流し、絶望の淵に立たされた、と感じた人たちも多くいたと思うが、フランス革命時の破壊からも立ち直った事実があることを支えに頑張ってほしい。





2019/04/15 17:56:27

私について #314 (あの強いタイガー ウッズが戻ってきた!!!)

アマチュア時代から特筆すべき実績を残し、1996年にプロに転向しPGAツアーに戦いの場を移したタイガー ウッズ。プロ転向後2年目の1997年のマスターズ トーナメントで優勝。その後、マスターズ トーナメント5回、全米オープン3回、全英オープン3回、PGA選手権4回など、4大トーナメント15回の優勝の実績を誇る逸材。彼が敵無しであった2000年半ば、自分はロンドンで暮らしていたこともあり、彼のプレーをまじかで見る機会を得ることができた。忘れられないのは2005年、2006年の全英オープンで、いずれも彼が優勝したが、その場で彼の優勝を見ることができたことだ。とにかく若いのにやたらと強く、当時の世界のプロゴルフ界はタイガー ウッズ一色だったと言える。


しかし、いつの世も同じく「盛者必衰の理」から逃れることはできず、2009年頃から、私生活面でのスキャンダラスな事柄や膝・腰の手術などの肉体的な問題から、数年前までのようなPGAツアーでの活躍ぶりが見られなくなってしまった。それどころか、2017年には投薬中に運転していた最中、警察に職務質問されたが、ろれつが回らず、運転マナー違反で逮捕されたニュースが世界中で報道され、その時の写真は往年のタイガー ウッズとは思えない姿だった。自分的には、タイガー ウッズの復帰は無いな、との印象だった。


ところが、ここからが凄いのがタイガー ウッズだった。2018年からPGAツアーに正式復帰し、9月24日にはツアー選手権で5年ぶりの優勝をし、ワールドランキング13位にまで返り咲いた。そして、つい先日終了した2019年マスターズ トーナメントで5度目の優勝を果たし、ランキングは6位まで戻した。もちろん、今のタイガーの顔は、年は取ったものの、引き締まった顔は往年のものと変わらず、一方で益々集中力が増した感じだった。2017年に逮捕された時のあの写真とは、全く異なるものなっていた。


ここもとのPGAツアーは、若手の台頭でそれなりに見ごたえのあるものであるが、ここにきて、あのタイガー ウッズがカムバックしてきて、益々面白くなりそうな気がする。それにしても、彼の強靭な精神力には驚きを隠せない。一ファンとして、彼の本格復活はとても嬉しい出来事だ。






2019/04/11 15:42:02

私について #313 (パンダと熊野三山)

小学校に上がる前だったか、父と二人で和歌山県の那智の滝・瀞八丁を訪れたことがあった。東京駅から151系の「つばめ号」に乗って、おそらく、名古屋から近鉄で伊勢経由で行ったと思うが、あまりはっきりは覚えていない。なぜ父と二人きりで行ったのかもよく覚えていない。もしかしたら、小学校の入学祝旅行だったのかもしれない。なんとなく懐かしくて、今回、行ってみることにした。


2018年8月14日、和歌山県南紀白浜にあるアドベンチャーワールドでジャイアントパンダの「彩浜」が生まれたが、出生時75gしかなく、その後の成長が危ぶまれたが、8カ月を過ぎた今はお母さんといっしょに元気で歩き回ったり、階段から落ちたりはしゃいでいたので安心した。今回はこのベイビー パンダに会いに南紀白浜空港から紀伊半島の旅をすることにした。


レンタカーで熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社・那智の滝を巡る旅は、紀伊半島の山道をドライブする旅だった。紀伊半島は山深いことから、ドライブは神経を使うものになると思っていたが、実際は一般的な山道で、ある意味快適なものだった。また、関東は今年の桜開花以降の気温が低いことから、桜の花が長持ちしている状況だが、紀伊半島も状況は同じで、ドライブがてら見た川沿いの桜並木の多くは、ほぼ満開の状態で美しかった。ただ、一部の道路際の山肌では土砂崩れの後や砂防ダムの建設工事現場とか、様々なところに災害の後が見られた。ここ数年、紀伊半島では大雨による災害で大きな被害があったこともあり、今回自分が目にしたものは、その後の復旧活動だったことが良くわかった。飛行機が着陸する直前に紀伊半島の山々を見ることができたが、上空からもあちこちで土砂崩れがあったことが見て取れた。ここもと、日本列島の山が保水力を失っている、という話を聞くが、まさにそれを見せつけられた感じがした。


那智本宮大社から南下し、新宮市に至る道沿いの熊野川は、莫大の量の砂利と川幅を持った大河であった。今は水量の少ない時期だからやたらと砂利が目立ったが、大量の水量がある時は、おそらくとてつもない大河に変身するのだろうと思った。その熊野川を左に見ながら熊野速玉大社に寄り、その後、熊野那智大社に向けてドライブを続けた。500段弱の階段を上ると、そこには55年前に父と参詣した熊野那智大社があり、そこから青岸渡寺を抜け那智大滝の滝つぼまで行ってみた。子供の時に見た那智の大滝より、水量が減少したように感じたが、やはり、立派な滝であることには変わりはなかった。今回は亡き父に代わり、家内と来ることができたのは素晴らしいことだった。


昨年・一昨年の四国88か所霊場巡りに続き、今後は熊野古道歩きにも挑戦してみたいと思った。









会社概要

会社名
Grande Plaine
カナ
グランド プラン
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東京都知事免許(2)93934
代表者
大原 仁
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TEL
代表:03-5738-7028
FAX
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定休日
不定休
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