2013/02/28 15:16:37

昔好きだった・・・

他の方のブログをみていましたら、プロフィール欄があり、好きな本、映画、過ごし方、好きな食べ物やテレビ番組などを掲載していました。こんなに更新しているのに、そういえば、ちゃんと自己紹介を項目立てて述べたことはなかったですね。


そこで、自分がこの質問があったらどう書くのか考えたら、ちょっとわからなくなりました。時事刻々と自分は変化しますので、どうも記入がためらわれます。


といいますのは、かなり昔、あるスターが流行っていたころ「〇〇が好みです。」と言ったのを何年も覚えていてくださった方がいらしっしゃいました。そうしょっちゅう会うわけでは無い方です。


おそらく私のことですから、その時の気分で申し上げたのですが、再度会話に上がったその時には、そのスターの名前も存在も忘れており、驚きました。そうだ。ワタシ・・・。そんなスターが好きだったこともあったんだ・・・・。と。イチミリも思い出さずに数年が経過し、とっくに忘れたスターが私の好みとしてその方の中では定着していたことに唖然としたわけです。


数年前の若者風に言えば「ビミョー」という範疇でしょうか。世間話の気軽さで、その時一過性の「マイブーム」を語ったことが、こんなに長く記憶されるとしたら・・・。


そのスターに好感をもっていたのは、振り返ればテレビドラマ放送期間中だけのごく数カ月程度のことでした。その時は、まるで違う人(スター)に気持ちが行っておりました。みなさんだってけっこうそうでしょう?(笑)。


あんなに前にチラリとなにげに話したことまで、覚えていたんだ・・・。なんだかわからないけどせっかく覚えていてくださったのですが、喜びよりは奇妙な感覚でした。


プロフィールとして文字記入することで、イメージとか好みを固定化されて今の私じゃない昔の私のほんの一時期の好みに一生縛られそうで、ちょっととまどいます。ですのでブログ主については、毎日進化するこの3000字内の文章の中でお会いしたカンジが旬なプロフィールとさせていただきます。





2013/02/26 18:11:49

3位入賞の過去

見事第3位入賞していたよね。嬉しかったよね。


と、例の洋上研修での思い出話に花が咲きました。3位だったのは、24年前、研修参加者全員が参加するさよならパーティで組ごとに発表する出し物のことです。12組中みごと上位入賞しました。


当時、私が脚本を作成し、ナレーションも担当。他の方たちは女優、俳優、大道具小道具と、分担して作り上げた創作劇です。


震災前後は、ブログでつたない創作をしていましたが、そうか。平成元年に早くもそんなことをしていたんだなあ。と懐かしくなりました。やっていることって2廻りも年数を経ても似たようなことをしていたものです。


ストーリーは今のお堅い内容とはだいぶ違いました。恋愛ものです。若かったなあ・・・。いろいろあって、真実の愛をつかむというハッピーエンドですよ。あの当時は。関心事がそっちというのは、懐かしいものです。


スラリとした力持ちのカントクことKさんがヒロイン役の美女をお姫様だっこしてフィナーレ!! というまさに夢の結末。船のデッキの階段を下りてきて、皆の祝福の中で二人が結ばれる。青い空と白いウエディングドレスが明るく映えて、二人ともとってもきれいに決まってかっこよかったです。


みんなでその時の劇のビデオを見ました。あの頃の若さが相変わらず大して失われていない雰囲気がステキですね。その後の脚本を作っても上演する場が無いのがややさびしいかも・・・。


お姫様だっこどうだった?


とカントクに訊いたら、実は重かった・・・。なんてね。当時はさっそうとしていて、軽々とやり遂げていたようにしかみえませんでした。役になりきるって大変。俳優として演じきってたんですね。お見事でした!!


続編の時は、手をつないでデッキを歩く・・・。くらいのト書きにして、スタート。


あの時を懐かしみ旅に出た二人。白波のかなたを見ながら思い出がよみがえる。そして二人の激動の人生を語り合う。画面は一時飛んで・・・。再びデッキにカメラが戻る。


最終章は海に沈む夕焼けの赤。支え合いながら船室にもどる後姿をカモメが追う・・・。あたりかしら?


もうその気になっちゃってます(笑)。






2013/02/25 11:09:02

島と同じ大きさの物体

24年ぶりの同窓会がありました。仲間うちの集まりは折に触れありましたが正式に幹事役を決めて洋上研修をともに過ごしたメンバーに声掛けしたのはマメな兄貴分・ぷーさんが音頭を取ってくれたからです。当時の5組限定。約20名のうち11名が集いました。


今年再会したくなったのは、震災でもう会えないことがあることを皆が知り、いつかではなく今、したいことをすることに共感したからだと思います。名簿をたどり聞き込みをし、半数以上のメンバーが集まりました。全員が当時宮城県民で若かったということが共通項。それ以外は仕事も住まいも年齢もバラバラです。


当然あの日。どうしてた?ということで全員がもちろんハードな時間でしたが震災時に女川町の出島に赴任していたという、Kさんの話が特に強烈でした。


赴任前に津波の夢を見て心配を続けること3年。そしてついに3年が経過。あと2時間で任務を解かれるというまさに直前にあの震災・・・・。無線を復活しても思うようにはつながらず、機転を利かせてなんとか東京の親戚に電話か無線かは忘れましたが連絡がとれたそうです。


島が孤立していて300名以上が取り残されていることをどんな手順で社会に知らせてほしいかを、彼が指示して依頼し、親戚はそれをちゃんと成し遂げ、見事自衛隊のヘリコプターで救助を受けることができた・・・。という壮絶なものでした。その適格な判断と動きに感服して聞き入りました。


数十人を一度に運ぶそのヘリから見た海の上にあったもの。それは島と同じくらいに大きな塊だったそうです。がれきが島ほどもあった・・・。入る情報はラジオだけ・・・。目の前に迫る原子力発電所が無事かどうかなんて、その時は誰もわかるはずもありません。


真向いに見える女川原子力発電所内では、やはり参加メンバーのAちゃんが働いていて・・・・。自衛隊ではやはり参加メンバーのY氏が、県庁ではSちゃんが、山元町の避難所ではI先生が・・・。気仙沼ではS君が・・・。それぞれの職場で目いっぱい取り組んでいたことを伺いました。持ち場ごとにすべきこと、できたことは違いますが近況を知り活躍を知り、さすがみんなだ!!。大変よくできました。と、仲間として再度尊敬し、わがことのようになんだかとっても誇らしくなりました。


生きていてくれてよかった。


寂しさもありました。若いMちゃんが震災ではない理由でもっと前に亡くなっていたことがわかりました。本来ならまっさきにMちゃんがはしゃいで盛り上げてくれる集まりでした。ご冥福を祈ります。


若かったから、いつでも「次がある」と思っていた私たち。ちゃんと会いたい人とは会って置きたいから・・・。共通の思いです。再開の日はそう遠くはなさそうです。






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(有)グラントップ
カナ
グラントップ
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