アーカイブス初挑戦 消費税引き上げ
見慣れたはずの画面にいつもと違う表示がありました。こんどから始まるアーカイブスなるものがありましたのでやってみます。
お題が消費税とのこと。そこで私なり個人としての考えを述べます。
税金が上がることを喜んではいません。仕方ない。ガマンする。というところです。消極的に賛成です。本音では反対したくてもできない。
消費税引き上げよりは、行政改革の断行、ムダの排除、各種優遇措置の大胆な撤廃などが持論です。世代間格差の是正をしないと、若い世代が年金制度を支えるはずもありません。高額医療で延命措置を1人することで支払われる金額を知ると背筋が凍ります。税金で社会が負担している、果てしないありとあらゆる経費増大の「是非」を問い続けたいです。
しかし政治家がこれらの問題に触れると以前に書いた「言葉狩り」に遭い、結局論陣を張るステージに登ることすらかないません。現実的に議論できるのは消費税による財源確保となります。
消費税引き上げに反対するなら、小さな政府にする。社会福祉の幻想を捨て、国は国防と道路、港湾、学校程度の仕事に狭めていくしか財源を維持する術がありません。
一昔前のように、姥捨て山も覚悟する。病気も貧乏も老後も失業もなにもかもを自前でするくらいの、国に依存しない気迫はあるのか?
野垂れ死に覚悟を自分ができるかどうか?親族や近隣の人間どおしの助け合いよりも、福祉行政からの支援が当たり前となった現代社会から、昔のような血縁地縁情で寄り添いあう社会に戻すことができるのか?社会はそれを望んでいるのか?
私にはそこまでの小さな政府を容認する覚悟がありません。生身の人間ですので時には病気をします。かかった医療費の明細が来ます。自己負担とお医者様に払われる総額を確認してその年度に私が支払った保険料よりも多い年もありました。そんな時、日本人で良かった。ありがたい良い国だなあ。と感謝します。
いつもではなくても、こうして助け合いの中に暮らしています。あるときは受け手側。あるときは負担が多い側。その行ったり来たりが人生の中ではあります。生涯を通してどちらの側だったのかは、息を引き取りすべての総清算が終わるまで誰にもわかりません。
こういった社会保険制度や国の仕組みが無かったら、どれほどの人が即座に困り混乱することでしょう。これらを維持するためにはやはり財源が必要です。現実可能な財源確保と増税方法を考えると値上げに反対はできにくいのです。
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