震災7年目の日に願ったこと
昨日3月11日は東日本大震災から7年目だったので黙祷しました。その前日3月10日は東京大空襲のあった日です。たった一晩でアメリカからの攻撃を受けたため10万人も亡くなってしまいました。民間人なのに無慈悲にも無差別に逃げ場を与えないようぐるりと火の海にしてから攻撃されてしまいました。
この空襲による犠牲者の数の多さについて昨日改めて心を寄せました。1000年に一度の規模の地震による7年前の死者行方不明者が約2万人ですから、単純計算しますと戦争で一晩に消された命の方がこれだけひどい自然災害よりも5倍も多かったことがわかります。
広島、長崎などの原爆、各地の空襲などもありますから自然災害はひどいけど戦争はもっとひどい。それほどひどいことがあるのに、戦争よりもさらに犠牲者数がそれ以上、文字通り「けた違いに怖い」数字があります。民主主義を否定する思想により引き起こされてきた数のことです。
かつて無慈悲極まりないことをしたアメリカですが今は価値観を共有する同盟国になりました。東日本大震災時はトモダチ作戦で頑張ってくれました。我が国を別な考え方の国から守る側、大切な味方の国になりました。
ミサイルを飛ばす近所の国により自由と民主主義が脅かされそうな国難が迫っています。新燃岳の噴火に限らず天変地異への用心は我が国では常に欠かせません。困難を突破するためにはどうすればいいのだろう・・・。
どうか無事にごくごく普通の日常がずっと末永く続きますように。自然災害、戦争、疫病・・・。あらゆる困難からお守りいただけますように。何よりも、戦争よりもずっと怖い「あの考え方」の国のような政治体制に日本の政治がなってしまいませんように、と強く願った一日でした。
近所の火事で目が覚めた昨日
昨日3月4日の朝6時半過ぎ、消防自動車のサイレン音で目が覚めました。近くに感じたので窓から外を見て驚きました。だいだい色の炎の上から黒煙が太い筒状に上っています。春の白んだ空の一部だけ信じがたい色に変えていました。火の勢いは凄まじかったです。
たまたま昨日はまだ風が強くなかったからマシだった。というのが近所の皆さんの一致した感想だったと思います。直前の数日間のあの暴風の日に同じ勢いの火柱が立ったとしたら・・・。糸魚川の火災の悪夢が我が町に起きない保証はありません。かなり怖いことでした。
ニュースによりますと原因は「こたつが云々」とのことでした。コンセント付近にホコリがたまっていないかどうか、点検清掃は大事だなあと再認識しました。
しかし、頭では理屈をわかっていたとしても、お年寄りに限らず体調によって、誰もが掃除を完璧に出来る人ばかりとは限りません。やりたくてもなかなかできない、ということもあるでしょう。つらいところです。
1年に1度くらい、コンセント回りのホコリ取りをする掃除屋さんなんていうのが世の中にあったらいいのかも、と最初は考えました。そうすればちょっと重い家具の後ろに回り込んだコンセントがあったとしても、掃除と点検、電線の劣化などを確認して貰えて安心できるんじゃないかな。なんてね。
その後、そこまででなくても、軽いボランティアとして、お年寄りのお宅でお茶飲みをした人が、訪問した際にちよっとコンセントのホコリを払っておいてあげる、くらいでも用心につながるのではないかしら。と考えなおしました。部屋の掃除全部だと、する方もされる方もお互いに肉体的にも精神的にも負担になりますが、これくらいなら双方とも気楽にやったりやってもらったり出来ます。
「おばあちゃんちでお茶飲みをしたら、コンセントをスッとホコリ払い!!」そんな何気ない行動を習慣化する社会が浸透したら結果的には今回のような火災を予防することに直接つながります。効果は必ずあるはず。ぜひみんなで運動としてやっていきませんか?
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