私が「外車」に乗らない理由
仕事で使うには「偉そう」に見える。
何より「維持費がもったいない」から、外車には乗らないですね。
大体において、外車の方がデザイン性が高い気がする。
クルマに乗り込めば、外観なんぞ見えないから、意味がない。
内装も走行中は外を見ているので、関係がない。
高速安定性と言っても、スピード違反で捕まるレンジの「安定性」があったとしても、運転免許が安定しないのでは、仕方ない。
私のような昭和30年代生まれの年齢層は「外車は壊れやすい」イメージ強い。
実際、友人が乗っていたアメ車であれBMWにメルセデスも、しょっちゅう修理工場のお世話になっていたし、部品も工賃も国産車の比ではない。
所有する外車が壊れても、複数台所有しているから別の車を使えるとか、修理代や車検代なんぞ余裕で支払い可能な層なら問題ないかもしれないが、外車1台のみ所有の場合、心配尽きないですね。
今の外車はこわれにくいかどうか?知らんけど、やっぱりコワいです。
同じマンションで、リタイヤされたお医者さんの奥さんが、「最後のクルマだから」と白いBMWの大きいのを新車で購入された。
似合ってましたね。
賃貸に住んで、中古のベンツを乗っても、心配されるだけでしょう。
人の勝手ではありますが、、、
私のように「維持費がもったいない」程度のレベルであれば、迷わず国産車を買えば良いし、移動に不自由することもない。
どれだけ稼ごうが、使えばなくなる、、、
使わぬ金は、減ることなし。
とは言われるものの、生きている以上、水道光熱に住居費・食費・被服費などはどうしても出ていく。
だからこそ、働いて「使わぬ金」を増やすべく、皆努力している。
最近も「賭博」で、金がなくなった話を聞いた。
数万円スルのに、昔のパチンコは結構時間がかかったものだが、今は全くやらないから、スッてしまうのにかかる時間は分からないけれど、ネットで投票できるタイプの博打だったら、数秒・数十秒で、簡単になくなる。
博打は面白い。
勝てそうな時の、ドキドキわくわく感は、他では得られない。
なので、気持ちはわかる。
ただし。
「自分の持っている金」の範囲で遊ぶべきだろう。
あるいは「なくしても困らない金」の範囲で。
世の中、負ける人は続けて負けるし、負け続ける。
「取り返すチャンス」が巡ってこない人、結構いるもんです。
ノーメイクで自転車乗りのおばさんが大金持ちで、パリッとしたスーツにベンツを転がしているのが、借金まみれというのは、普通にある。
失敗している人の多くが、「見栄か博打」なのは、昔も同じ。
年収数千万・数億と言っても、全部使えばゼロになる。
年収3百万でも、デキる人は百万貯められる。
清貧だけが人生ではないが、稼ぐことより使わないことが大切であるというのは、過去からの真理。
稼ぎを「もっともっと」と欲張って飛んだ人は多いが、貯金をもっともっとと節約して飛んだ人は一人も居ない。
非常識な年寄り夫妻
商店街をワンコ連れで。
私の店の前で「くそ」をさせ、視認しながら、放置逃走した高齢者夫婦。
まぁ、ワンコ飼う資格ゼロですね。
こんなのが沢山いるから、道が汚れ街が匂う。
自宅の畳の上でさせろ、と言いたい。
ワンコがうんこをするのは、当たり前のことです。
買い主は、大抵の場合「ビニール袋」を持っている。
で、ひっくり返してうんこを掴んで、またひっくり返す。
もうすぐ自分の下のお世話もできなくなるから、仕方ないか。
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