年金を受取り始めて思ったこと
ぎりぎり「特別支給の老齢厚生年金」を受給できる年齢なので、手続きをすると共に、1年繰り上げにはなりますが、老齢基礎年金も受給開始。
これで、基礎年金の方は、5%弱の減額です。
10月生まれなので、昨年暮れは年金対象の11月分のみ。
2月から、12月1月の二ヶ月分をようやく受給できることに。
男性の平均的な年金額より低い金額ですが、人との比較には興味がないので、ただただ受け取れることに満足しています。
とはいえ、受け取る年金は、予め使途が決まっているというか、支払先と金額がほぼ決まっているから、特に生活の足しになるとかではないですが、、、
で、思ったことは。
お金も収入もある人達は、繰り上げ受給したほうが良い。
逆の人は、ギリギリまで繰り下げしたほうが良い。
という、まぁ基本的な考え方が、やっぱり正しいということでしょうか?
繰り下げして増えるのは、老齢基礎年金でも老齢厚生年金でもなく(厚生年金の一部ではあるが)、報酬比例部分だけなので、一般的な国民年金として受け取れる金額が増額されることはない。
高収入の人は、繰り下げしても意味ないし、受け取った年金を投資で増やす能力も備わっているだろうから、繰り上げする方が良い。
カネがない人は、ギリギリまで繰り下げるほうが良いけれど「受け取る前に死んだら意味ない」というのは、ウソですね
持って死ぬのと、同じことです。
であれば、増える楽しみを待っている方が楽しいし、実際増えた年金を手にできたら嬉しいでしょう。
「ありきたりの挨拶」は、時間の無駄
そろそろ新年互例会も終盤になってきました。
私は来週の1回で、終わり。
各種団体の新年会に行くと、まぁ決まり事ですが、挨拶がある。
「今回の能登半島地震で被災された方々にお見舞い申し上げ、亡くなられた方に謹んで哀悼の意を表します」だけなのか?
加えて、
グループ・団体でいくらいくら、そして「心ばかりですが、個人で給料の半分を募金させていただきました」程度のことは、付け加えられないのか?
被災地に思いを巡らすのは、皆分かっていること。
わざわざ何百人もの時間を独占している時に言うのなら「そして、自分はこうしました、これからもこうします、ああします」がないことには、そこに挨拶した本人の姿はない。
挨拶で、やたら長いとか中身がないと、程度が知れる。
人様の時間を何分か独占する以上、練った挨拶、できれば練りに練った挨拶をするというのが、挨拶する側の義務と責任でしょう。
なぜ「土日」だけ、1等のくじが入っているのか?
ガラガラを回して、白い玉・赤い玉などの場合は、側面を開けて「当たりの玉」を出したり入れたりするのは、簡単なことです。
が、三角くじの場合はどうか?
いちいち開けたり切ったりして、中身を確認する訳にも行かないし、できたとしても手間がかかる上、別にくじにマークが入っているわけでもない。
正解は?
くじを入れた箱が二つあって、平日は1等2等が入ってない箱を出し、土日はそれらが入っている箱を出す。
まぁ何とも簡単な仕掛けですが、世の中のマジックも似たようなものでしょう。
「節税策」にも、単なる繰り延べとか、実質損をすることも良くありますね。
今どき、利益が出そうだからと言って「無駄な経費(買い物)」をする人は、まぁ少ないでしょうけれど、役員報酬を少なくして役員賞与で「総支給額」の帳尻を合わせた上、社会保険の対象にならない役員賞与で節税する人、まだまだおられるようですが、、、
結局、社会保険を支払わなくても良い代わりに、年金が減る。
要するに「朝三暮四」の思想ですね。
そんなつまらんことを考えるくらいなら、納税して手元資金を厚くする方が、よっぽど自分や会社のためになるというものでしょう。
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