2009/05/28 11:18:22

伊勢佐木町は上海かニューヨークのように...

いまや、かの伊勢佐木町はかっての上海...各国のスパイがそここに暗躍していた時のような

高層ビルが林立して、世界中のビジネスマンが飛び回り、一気に財を築き上げたお金持ちが

ブランドのスーツに高級車で行き交い...。

 はたまた朝早くから証券・フアンドの営業マンが、ミニパソコンをのぞきながらハンバーグを

 急いでパクつき...。大企業の幹部たちが時差をものともせずにミーティングしながら専用の

小型ジェット機で朝出て帰りも朝になる...そんなニューヨーク(知らないけど..)のように...なって

きたような...。

 昔は各国のマドロスさんたちが闊歩していたとか...。

(「ザキ」には誰でも知っているような有名な店「根岸屋」があったことを思い起こして欲しい...?)

 根岸屋は当時としてはちょっとハイカラな?ナウい・人気のある店だった筈なのデ...ござい..

根岸屋には金の入ったマドロスさん目当ての娼婦さんなんかも必然的に集って来たとか...。

  煙草の煙にむせかえる店内を透かして見ると...そう..白いドレスのあのメリーさんもよく来ていたりして...。

通りでは将棋をしている人がいたりして...見物人が何人か居て、ちょっと好きな人がつい手を出して

駒を動かして楽しんでいると...

 何手やりましたゼ、旦那...一手三百円だから...と来るモンでしたな...タシカ。

 いや脱線してるなこりゃ。そうじゃなくって...。今のザキは中国語・マレー語・英語・タイ語その他いろいろ

飛び交って、人種の坩堝になっているのでゴザイ...

 文字通り隔世の感がありすぎるってコトなので...。一昔前には不景気を囲っていた事もあったようだけど。

いまは携帯を手にした人通りも多く不景気なんか何処に...?ブランド物のカラフルで派手な下着を買うのは

アジアの人が多いようデ...??今ではピカデリーも松坂屋もニュージャパンも無くなったこの町には、派手という

言葉はなくなり自己主張の街に様変わりしたのかも..。




2009/05/18 16:16:19

箸墓は盗掘された上に浸食され..卑弥呼の墓?

 箸墓古墳(箸中山古墳)は、かって盗掘の憂き目にあった。その巨大さの威容を誇るあまり”昼は人が作り、夜は神が作り”たもうた箸墓...。千年以上斧を入れない...その原生林のようなこんもりとした森を見上げると圧倒的な威圧感のようなものが漂ってくるようだ。

 この緻密に設計された大古墳の工事量は膨大なものだったのだろう。昼夜兼行で作られた伝承があったのだろうか。そのかけがえのない貴重な文化遺跡は残念なことに現代に至り、華麗な墓域を浸食されてしまった。    

さて「箸墓は卑弥呼の墓」説は近年一蹴されて、消えていたかのように思っていたところ最近考古学者により、箸墓はやはり卑弥呼の墓だと示唆する論説を目にした。根拠は倭人伝の卑弥呼の墓は、径百余歩という記述にあるとしている。

 魏の時代の百余歩は現代の百六十メートルに相当するとして、箸墓の後円部に該当するとの論述である。前方部は後から付けられた可能性があり、築造当時は円墳だったかもしれないとしている。他に該当する円墳は何処にもなく、築造年代も卑弥呼の時代に合致していると...。

  だが箸墓は丘陵の尾根の突端を利用して、工事量を少なくしているという説もあり、見た目にも前方部と後円部は一体化しているように見受けられ、後から作り付けたようには見えない。前方部から手前に突き出した祭祀場の部分は確かに近世に作られたようであるが。

 前方部は高さが十六メートルもあり、前面は階段状に構築されている他、更にきれいな葺石で仕上げられていたという。そんな大工事を後世に行ったのならその記録や伝承があると思いますが、そのような話は聞きません。直径と築造年代だけで卑弥呼の墓に比定するのは、ちょっと単純すぎるきらいがあるように思えます。

 先の愛好家も箸墓は卑弥呼の墓と言っていたけど...。もちろん特に議論はしませんでしたが...。やはりこの問題は古くて新しい問題なのですか...!!??

   





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