2009/11/30 18:48:48

ノンリコースローンについて

ある地主さんから、「どうせ今使っていない土地だから、いざアパートローンが返せないということになったら、この土地を手放せばいいだけだ。」という話を聞いたことがあります。土地に余裕があり処分価格が高い土地ならばまだしも、危険な考え方ですね。同様に、住宅ローンを借りた人が、ローンが返せなくなったら家を売って、アパートに引っ越せば良いという考え方も、大変危険です。
そもそも弁済が不能になりそうな多額のローンを身の程も考えずに借りるというのが間違いの元です。
例えば、現在1億円の評価の土地の上に、1億円の借金をしてアパートを建てたとします。十数年経過して、入居者が激減して、家賃収入が減ったとき、そのときの土地の処分価格が5千万円で借金の残高が7千万円という話はありそうな話です。このときの建物の処分価格がどうなるかということですが、家賃収入が見込めないような建物ならマイナス評価となります。むしろ更地の方が高く売れるということになったら、仮に解体費用が五百万円とすれば、差引き二千五百万円のマイナスになります。マイナスになった場合は、どうなるのでしょうか。アパートを建てた以外の土地、場合によっては自宅売却という悲惨な結果になるかもしれません。いわば、ローンで購入した車が事故でおシャカになっても車のローン返済義務は依然としてあるので、車が無いのに車のローンを払い続けるのと同じようなことと言えば分かりやすいですね。
「ノンリコースローン」というのは、簡単に言えば、住宅ローンを返せなくなったら、家を手放しさえすれば、ローンの返済義務を免れるというローンのことと考えれば良いのです。
これと同じような効果を得るには、@自己資金を購入物件の半分くらい貯めてから買う。Aフラット35(金利変動リスクの無いローン)で借りる。B安定した職業について、健康を保持し定年まで無難に勤め上げる。この3つを実践すれば「リコースローン」でも「ノンリコースローン」と同じ効果が得られると思います。
もっとも、余り安全ばかり考えても、人生面白くないですね。究極はお金持ちになってローンを利用しないで現金で購入することですが、これじゃあ銀行がつぶれてしまうかもしれません。みなさん、銀行と建設会社や不動産会社のために、多少のリスクには目をつぶって、不動産を購入しましょう。




2009/11/23 13:32:39

京都へは往きは5日間、復路は3日で帰ってきました。

箱根宮ノ下旅館街の手前でアクシデントは起きました。箱根駅伝でよく出てくる風景なのでご存知の方もいらつしゃると思いますが、箱根のこのあたりは道幅が狭く、くねくねとカーブの続く坂道となっています。この旅館街の手前をドロップハンドルの自転車で左端を走っていた私は、前を走っていた車を追い越そうとしたか、又は後ろから来た車に幅寄せされたか定かではありませんが、(多分、前者だと思いますが)いずれにしても車がカーブしようとして左に寄ってきたため、カーブを曲がれず直進してしまいました。その結果として、道路を左側にはみ出し、そこにあった低木に突進し、ブレーキをかけた弾みと慣性の法則により、なんと一回転して自転車から落ち、低木の上に落下した次第です。幸い、低木のおかげで衝撃も少なく、その先が崖になっていたのですが、それ以上落ちずに助かった次第です。低木にひつかかったため軽い擦り傷は出来ましたが、その後しばらく旅館街まで自転車を転がしているとき、和服姿の旅館の女性の方が赤チンで手当てをして下さったおかげでその場は切り抜けることが出来ました。もしも、このとき目撃者がいたら大騒ぎになっていたかもしれません。今から思えば「九死に一生を得た」というのはこんなことを言うのでしょう。
その後、箱根駅伝のテレビ中継で出てくる函嶺洞門(かんれいどうもん)をくぐり小田原を目指しました。帰路は、長期にわたるツーリングで心身も金銭的にも限界で、小田原城見物などをする気も起こらずまっしぐらに家路をたどりました。結局、ほとんど夜中も走り続け、京都に向かうときは5日間かかりましたが、帰りはまる3日で帰ったと記憶しています。全行程は昭和43年の7月下旬から8月初旬にかけての2週間位だったと思います。私は、正月は箱根駅伝のテレビ中継を見るのが好きで、函嶺洞門や宮ノ下の旅館街を見るたびに、このときのことを思い出します。




2009/11/22 20:33:53

奈良から天理、そして彦根へ

奈良でのことはあまり記憶にありません。もともと京都が目的で、奈良はついでに行ったからです。しかし、国鉄奈良駅で一夜を過ごしたことはよく覚えています。駅舎はたしかお寺のような屋根で、いかにも奈良らしいと思ったものです。ただ夜はやぶ蚊に悩まされてよく眠れませんでした。奈良と言えばやぶ蚊の大群を思い出します
翌朝は、天理市に向かいました。天理は天理教の本拠らしく宿坊のような施設が多数あったように思います。
天理からとんぼ返りで比叡山の方へ行きました。たしか比叡山スカイラインと言ったと思いますが、トールゲートで自転車は通行不可と言われてがっかりしたのを覚えています。
その後、米原へ向かいました。前後ははっきりしませんが、彦根城の天守閣に登り、琵琶湖を遠望しました。付属の美術館で刀剣などの武具の他に、井伊家のお姫様の雛飾りのセットを見ましたが、大きいのと精巧かつ豪華に作られているのに感心しました。彦根城のそばには滋賀大学があったように記憶しています。
その後は、関が原経由で帰途につきました。関が原は、それまでは山岡荘八の小説「徳川家康」で読んで知っている程度で、漠然と平らな広い原っぱのようなところと認識していましたが、実際は山あいの傾斜地なのに、若干ギャップを感じました。
箱根は、芦ノ湖経由で宮ノ下の旅館街を通って帰りましたが、ここでアクシデントが発生しました。昭和43年8月初旬のことです。





会社概要

会社名
藤和建設(株)
カナ
トウワケンセツカブシキカイシャ
免許番号
埼玉県知事免許(4)20183
代表者
中島 教夫
所在地
3500465
埼玉県入間郡毛呂山町岩井西3丁目5−6藤和マンション5
TEL
代表:049-295-6510
FAX
代表:049-295-6520
営業時間
11:00〜18:00
定休日
毎週火・水曜日・祝日
STAYHOME 臨時休業 5月1日より5月5日まで
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