2016/10/29 13:18:35

遥かな尾瀬 




204.6.16 初めて尾瀬に行った時の記念すべき写真です。


「夏が 来ればば 想い出す 遥かな尾瀬 遠い空」という歌詞で始まる「夏の想い出」という歌があります。


高校3年の大学受験のころ 毎晩ラジオで旺文社の大学受験講座を聞いていました。そのテキストか蛍雪時代という雑誌のグラビアに「尾瀬の水芭蕉」の写真が載っていました。プロが撮った写真だからでしょうか、尾瀬はいいところだというイメージが心に焼き付きました。
「尾瀬にいってみたい。」という気持ちが芽生えたのは、その時です。
以来37年間、高崎経済大学に4年間通っていて、かなり尾瀬に近いところに居たにもかかわらず、一度も行ったことはありません。
それは「遥かな尾瀬」というフレイズが、「自分には行けない遥か彼方の遠いところ」という連想させ、自分を縛っていたからだと思われます。

ところが12年前、自分がインターネットという便利なものに触れ、各種の情報収集が容易にできるようになったとき、突然「あこがれの尾瀬へ行ってみよう。」という欲望がムラムラと沸き起こってきたのです。
始めは、旅行社のツアーでなく、とりあえずどんなところが行ってみよう。」という簡単な気持ちで、鳩待峠から見晴まで行ってきました。
その日は、雲一つ無いような晴天で、写真もきれいに撮れました。
それが原因でしょうか。以来12年間、年間4〜5回はデジカメを持って毎年尾瀬に通ったものです。通算50回超、尾瀬に通い続けたのです。



2004.8.4 初めての尾瀬沼の写真

初尾瀬の年に尾瀬沼にも行きました。大清水のPに車を停めて一の瀬から三平峠を越えて尾瀬沼に至る経路です。このコースは大変な難路で、山の鼻から鳩待峠へ登る2倍くらいの辛さを感じました。この時一緒に行ってくれた友人は、その後何度誘っても尾瀬へは行ってくれなくなってしまったほどです。
私も、このコースには懲りて、大清水⇔自転車で戸倉⇒バスで鳩待峠(下り)⇒尾瀬ヶ原⇒見晴⇒尾瀬沼⇒三平峠(下り)⇒大清水というコースを考案しました。
これならば二つの難所を下りのみで通過するので、ずっと楽なコースとなります。これにより尾瀬ヶ原と尾瀬沼を一日でめぐることができるようになりました。


2004.10.27 ヨツピつり橋より尾瀬ヶ原牛首十字路方面を見て


なんと初めて尾瀬に行った同じ年、マイカー規制が解けた日、季節は晩秋というころ尾瀬ヶ原に行きました。ハイカーはゼロ、なんと、この日は初雪だそうです。帰りの鳩待峠から戸倉への下山路が心配でしたが、折角ここまで来たのだからと東電小屋を目指しましたが、つり橋の底板が全部外されていたので、ここでUターンをして帰りました。はじめのころは体も心もホットだったのだと思います。これで尾瀬の季節の変化を体感しました。



2001.10.27 戸倉から鳩待峠Pへ向かう道の紅葉


尾瀬ヶ原では雪が降っていても下の方はこんな状態でした。ここで雪が降れば直ちにUターンしたのですが、山の上と下ではずいぶん気候が違うと感じました。
戸倉周辺は今が紅葉の見ごろだと思います。


尾瀬効果
尾瀬へ行くことの効用は、体ばかりでなく精神的にもリフレッシュできることにあります。なぜか、考えてみたのですが、新鮮な空気を吸うので頭脳もリフレッシュする。そして何よりも大変疲れるので、行ってきた日はよく眠れる。普段眠りが浅い人も深い眠りを体験できそうです。そして翌日はさえた頭脳と体でバリバリとしことができるということかもしれません。
以前は空気の薄いところで運動をしてきたから、下界では呼吸が楽になるのではないかと、この点ばかりを利点と考えていましたが、矢張り疲れてぐっすり眠るのが何よりの薬と、最近は考えることにしました。


これからの尾瀬は危険
上の写真から、お分かりのように、これからの尾瀬ヶ原は普通の装備では大変危険です。注意しましょう。もうちょい待てばスキーのシーズンです。









2016/10/22 9:09:40

国宝瑞巌寺と日本三景松島 青葉城址

仙台から松島海岸まで仙石線で来るとき、話に夢中で乗り越したとき、「高城町」という駅で、1時間に1本くらいしかない場所なので、どうしようかと思ったのですが、駅を出ると幸い前にタクシーが止まっており、松島海岸まで5分というので、それなら船の乗り場までと言うと「今の時間なら瑞巌寺を先にみて、連絡船で塩釜まで行った方が良い。」と勧められ、うわの空で聞いていましたが、船着き場でもそこの人に同じアドバイスを受けたので、勧められた通りにしました。正解



国宝瑞巌寺入口
参道を入ったところで白い半纏を羽織った見知らぬおばさんに声を掛けられ、聞くと「ガイド」さんのようで、1人500円で解説をしてくれるとのこと。勧められるままに頼むと、これが大したもので、瑞巌寺の歴史から震災の影響までユーモアを交えた説明には皆が聞き入りました。次に訪ねた時も又頼みたいと思いました。
だ洒落が多く、特に最後の「臥龍梅」のところでは「バイバイ」(梅は一対ある)など、大変たのしい見学となった次第です。



参道の杉林 殆ど塩水の影響で立ち枯れ伐採されたとのことです


前は海 後ろは山よ と謡われた 国宝瑞巌寺 伊達政宗が危急の時に逃げ場として天然の要害である立地の瑞巌寺ですが、先の東日本大震災では大変な被害に遭ったようです。今は境内の杉林が塩害のため立ち枯れ700本ほど切り倒されたことによる、ちょっとさみしい境内の様子でした。震災による津波で塩水が境内の中ほどまで押し寄せ、その影響だそうです。当時のニュースでは松島はいっぱいある島が防波堤の代わりとなり津波の影響は少なかったとは聞いていましたが、結構大変な被害に遭ったようです。



瑞巌寺 本堂



瑞巌寺 庫裏



瑞巌寺 臥龍梅(一対あるのでバイバイ)





松島海岸〜塩釜までの連絡船 仙台へ行くなら便利



奇岩 名前がついているらしいが撮影に夢中で聞き漏らしました。



青葉城址の伊達政宗

采配を借りて撮影 ※青葉城伊達武将隊の人から借りました。







2016/10/16 19:46:39

川越祭りの山車

今日は年に一度の宅建の試験日です。試験実施の手伝いの帰りに、今日は川越祭りということを思い出し、試験のあった霞ヶ関駅から(TIUで実施)川越駅まで電車で移動、友人と西口のビックまで行きました。ところが祭りのためか件のビック(焼き鳥屋です)の前には長い行列ができいて、30分以上待たねばならないことが予想されました。そんなにまでして飲みたいとも思わなかったので、即帰ることにしました。
それで川越市駅から帰るべく向かっていると沢山の山車にであったのでパチリ。


縦に撮って見ました


丸広百貨店のPのところ


本川越駅の近く


本川越駅の近く


本川越駅の近く










会社概要

会社名
藤和建設(株)
カナ
トウワケンセツカブシキカイシャ
免許番号
埼玉県知事免許(4)20183
代表者
中島 教夫
所在地
3500465
埼玉県入間郡毛呂山町岩井西3丁目5−6藤和マンション5
TEL
代表:049-295-6510
FAX
代表:049-295-6520
営業時間
11:00〜18:00
定休日
毎週火・水曜日・祝日
STAYHOME 臨時休業 5月1日より5月5日まで
最寄駅
東武鉄道越生線東毛呂
徒歩6分
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